Minato Serenade

湊の小夜曲  

イミフ。

 私のネットストーカーから嫌がらせが送られてきた。ネットストーカーが「元ネタ」と書いている私の文章がこれ。

 「なんか違うんだよなぁ」という感覚こそ、人間の倫理観の根本にあるのではないかと思う。私など、例えば病気や怪我をして手術で病巣を取るということには違和感は覚えないが、それを、他人の臓器を移植して、となると、「なんか違うんだよなぁ」と思う。

(中略)

 変な話だが、私は自殺を否定しない。何度も書いているが、生き地獄とか死んだほうがマシという状況では苦痛が長引くだけだと思うからだ。しかし、入水や飛び降り、服毒などは肯定するが、一部の欧米で行われている、他人に毒物を点滴してもらって安楽死するというのは「なんか違うんだよなぁ」と思う。

 

 そして、それに対してネットストーカーが送ってきた文章。

このパラグラフは前半と後半でまったく違うものを同等に語るというとんでもないことを書いている。
前半は”自死”の話である。
後半は、いわゆる”尊厳死”の話である。
これは、断るまでもなく全く別物である。
これを同等に語る、あるいは、理解する”感覚”がおよそ理解を超えている。
※ しかも、この感覚を以て”観”と表記するセンスが想像を超えてしまうのだ。

(中略)

この「なんか違うんだよなぁ」という感覚は、あるテーマに対する判断、決定、実行に際して躊躇、屈託、韜晦であって“倫理観の根本”とは言えないだろう。
敢えてその言いたいことに寄り添えば、”出発点”と呼ぶべきものであろう。
およそ倫理と言うのなら、その先の”こうすべき”まで議論がされなければ単なる疑問、違和感でおわってしまい、何の結論も得られないからだ。


あらゆるテーマにこの「なんか違うんだよなぁ」を以て対峙して、判断、決定、実行を留保する。
これは倫理の持つ課題である”善悪”について”彼岸”*1に自分を置こうというものであろう。
この立ち位置は、自らをあらゆる行為の極北に立たせることだ。

このような”極北”*2に立てば、およそ”してはいけないこと”と”してよいこと”の分別は出来ないであろう。

 

これは一見して自らをあらゆる立場を超越した高みに置いているかのように受け取れる。
しかし、さらに検討すれば”何もしない(あるいは、できない)”という袋小路に自分を追いやることになってしまう。
そして、どうやらそういう高みに立っていることで自ら行為することを回避していることを正当化している気配を感じてしまう。
なぜなら、「なんか違うんだよなぁ」と留保をつけているがその感覚をそれ以上深めようとしていないからだ。

*1.ニーチェの著作からの借用である。

*2.これは『カラマーゾフの兄弟』を訳した米川正彦氏の解説に出てくる言葉である(岩波文庫版)。

 

 被リンクではなく自分の文章がコピペされていたらサーフェス・ウェブでも検索しようがないというネットリテラシーの持ち主なので安心して引用させていただいたが、要約すると、下記のようになるだろう。動詞と名詞が並列されていたり面倒な文章だ。

他人に毒物を点滴してもらって自殺するというのは尊厳死であって、自殺とは「断るまでもなく全く別物」であり同列に「語る」あるいは「理解する」「感覚」が「理解」・「想像」を超えている「とんでもないこと」である。そして、感覚というのは議論されなければいけない。(「あらゆるテーマ」以降は私には全く理解できない。)理由はニーチェの著作の「彼岸」という言葉であり『カラマーゾフの兄弟』の訳者「極北」という言葉である。 

 前半と後半で違うことを書いているのはどっちだという気もする。議論しないと感覚が感覚で終わってしまうと書いているが、感覚というのは議論すべきものなのか。ニーチェや『カラマーゾフの兄弟』の訳者は「彼岸」だの「極北」がどうたらと議論していたのだろうか。議論しても、せめての結論は刃物は安全に扱いましょうというくらいだろう。

 いつも私のネットストーカーは、自分でしかわからないことをいって、自分のいうことを聞けないのかという。前回は、小学生でも書かないような感想文とも呼べないようなものを村上春樹論といって「文学論を交歓したい」といってきた。「交歓」である。今回にも勝るとも劣らない意味不明な文章で当惑した。

 そして、今回は、いう通りにしないと自宅は特定したので襲撃するといってきた。これに対して、どのように対応することが彼の「いうことを聞く」ことで自宅の襲撃を思いとどまらせることができるのだろうか。自分にしか通じない考えの押し付け、逆恨みになっていないという点で、京都アニメーション放火事件に似ている。警察に脅迫文を確認してもらったのだが「来たら110番してください」とのことだ。

 

P.S. 7月30日に京都の安楽施設人に絡ませて「貴方はそれでも”殺人”として裁けますか。」と書いてきた。鬱陶しい。