Minato Serenade

湊の小夜曲

金曜日にあって土曜日にないもの。

 今日の東京は朝から豪雨。最初、雨とは関係なく動く予定だったが、明後日から実家に行くといったら訪問看護が明日ではなく今日来て、明日は休養日にした方が良いかもしれないというので従う。

 まぁ、明日、晴れたら明日動けばいいものな… と思っていたのだが、肝心な用事は銀行だった。今の何でもクレジットカードで決済できる時代には想像も付かないかもしれないが、昔、ヤフオク! で「かんたん決済」が使えない時代があり、落札者の便宜を図るために片っ端から銀行に口座を開設していていたので、その整理をしているのだ。

 銀行口座の解約には通帳と印鑑を持って窓口に行かなくてはならない。考えてみれば土曜日は銀行の窓口が休みである。金曜日は窓口営業日であるが土曜日は休日である。そんな当たり前のことすら思いが至らないとは、やはり、ここ数日、どうかしていると言わざるを得ない。これも鬱による判断力の低下か。

鬱。

 今日も朝から起きるのが辛い。なんで以前は普通に起きて普通に会社に行っていたのに、こうなってしまったのだと思う。保健師に相談の電話をしようかと思うが頻繁に電話をして業務に支障が出てもなと思い留まる。

 今考えると、こう考えること自体が鬱である。迷惑なら迷惑だと言うはずで、そんな電話1本かけるのに戦々恐々としていること自体、鬱の証拠だ。

 今日は通院だった。何事も捗々しくなく、異様に疲れる。シャワーを浴びるのに50分も掛かると言ったら、それは50分もシャワーを浴びていれば疲れるでしょうと言われる。50分も何もしているの? と言われるが、シャワーから出て時計を見ると50分、経っているのだ。

 50分もシャワーを浴びられるということは体力が落ちているということはないと思うよということでサインバルタが増えた。Maxの60㎎。これで少し改善すればいいのだが。

 鬱といえば「死にたい」が口癖になっている。意識していないのに「死にたい」と言っている。帰りのバスで前に座っていた人にギョッとした顔で見られ、初めて自分が「死にたい」と言っていることに気が付く始末。

 やっぱり鬱なんだと思う。

振り回されている。

 前ブログで低レベルながら硬派な文学作品を目指すと書きながら、骨太のエントリーなど何年も書けていない。

 さて、先週の土曜日、今日中に来いと言っていた母が、それでも都合を付けて今週中に行くと約束したのに、今度は今週は都合が悪いから来週、来いと言う。

 来週といっても1週間あるので木曜日の通院の帰りに寄ろうと思っていたのだが、どうしても月曜日に来いと言う。

 行ったところで、自分ができない仕事をやらされるだけだ。ペンが持てないなどといって代わりに書類を書かされたりするのだが、もう反吐が出て書類を前にすることも我慢できない。

 本当、感情が先に立って何もできなくなることがあるのだなと、これも歳を取ってから判ったことだ。そう考えると子供のころは感情を殺して生きていたのだなと思う。