Minato Serenade

湊の小夜曲

本当に好調なときは好調だったのだろうかと逆説的に思ってしまう。

 今日は睡眠は少し改善。例によって夜は2・3時間しか寝れないものの、それからウトウトできる。ただ、身体の強ばりがあり、Fitbitによると「深い睡眠」はゼロ。相変わらずペンが持てない。

 今日は喫茶店に本を持ち込んで読むことができたのだが、昔は30分もあれば読めた200枚ほどの小説を読み終わらない。これが現時点での最大のパフォーマンスなのだが、キツさ(労力)としては絶好調だった時期と変わらず。

 だったら、同じ能力で同じキツさだったら、好調な時期は何だったのだろうと思う。やはり能力が発揮できない・衰えたと考えることが妥当なのだろうが、同じ努力をしていれば同じ成果が手に入らなければ変だと思ってしまう。

 そうなると、逆に、あの時は、やった気になっていただけだと考えることもできるのだが、やはり成績は学年首位だったし家に内風呂がなく銭湯通いをしていたし、自転車通学・通勤をしていたし、成果は大きく違うのだった。

人間は環境の産物かも。

 Twitter(鍵アカウント)で呟いていたが、ここ数日、ものすごく苦しんだ。1日に3時間くらいしか眠れないのだ。気持ちが悪くてクラクラして、眠剤を服んだときだけそれが和らいで、その和らいだ1・2時間だけ眠ることができた。

 1日中気持ちが悪いので、仕方がなく、そのまま何かをした。具体的には本を読んだ。鷺沢萠著「過ぐる川、烟る橋」。1人の女性を軸とした2人の男性の物語。中編。努力して成功した男と、努力しても何ともならないことに行き当たり、努力を放棄した男の話。

 努力して成功した男が主人公なのだが、彼は自分の性格に苦しむ。しかし、世の中、冷静沈着で情緒安定した人というのは、そういう環境にいるからで、人間、さほど変わりがないという人もいる。

 私のモットー「駄目なら駄目なりに頑張る」は、へなちょこなりに頑張るという鷺沢氏の言葉にも通じるものがあるが、やはり人間、腐って努力を放棄してはいけないというメッセージが込められた作品だった。

 しかし、頑張らなければいられないという生き方は辛いなぁと思う。この本を読んで、へなちょこなりに頑張ると決意した鷺沢氏が自殺したのは、努力しない自分というものがあったら許せなかったからではないかと、ちらと思った。