Minato Serenade

湊の小夜曲

東京の地名と住所。

 今、松戸にある実家にいる。数年前に3万円しないで買ったPCが遅くて使い物にならない。

 昨日、Twitterで東京の地名について少し話をしたので、それに絡めて。途中、大手町駅までは都営三田線で来たのだが、駅名に付いている「日比谷」という地名は、確か、なかったはず(記憶だより)。日比谷全域は「日比谷公園」だったような。

 同様に、私の出身地である「麻布」も町名改正でなくなっている。今、麻布は六本木と元麻布・東麻布・南麻布・西麻布となっている。北のほぼ全域を六本木にしてしまったり、飯倉など、ほぼ同じ町域なのに東麻布にしてしまったり、もう少し町名の付けようがなかったのかと思う。

 かくいう、今、私がいる松戸の町も町名成立50周年だそうだ。もともと畑だった場所だし、元からの地名と、さほど変わっていないので、違和感を覚える元からの住民は少ないようだ。ちなみに二十世紀梨と同じで薬局経営者・松本清氏の命名による。

Google AdSenseの審査は通ったものの。

  11月に「付加価値がほとんどなく、内容の薄いコンテンツ」という理由で却下されていたGoogle AdSenseだったのだが、それから5日後に再び審査の申請をして放っておいた。審査の申請をしていたのも忘れていた。

 昨日、久しぶりにGoogle AdSenseの画面を開いたら、文言は忘れたが、広告を掲載する準備ができましたというようなメッセージが。その前のサイトが停止しているというのを除けば、2回目、5日間で通ったことになるが、どこが改善されてなのかは知らない。

 これで広告を貼ればいいのだが、とりあえず自動広告をONにして、広告ユニットを幾つか作成。自動広告とサイドバーに貼ったのは見えるのだが、記事上下など単独で貼ったものは見えない。ヘッダとフッタの広告はレスポンシブにしてあるのに横幅に反応しない(ので外した)。

 大掃除をする気はないし、今年最後のゴミ出しと洗濯は終わったし、今年の最後の仕事は広告の作成になりそうだ。サイドバーに貼ったものは見られるということは広告ユニットの作成方法は間違えていないと思うんだけどな…。

 以前のBlogでは3年間連続更新などやっていたのだが、今年は年末年始は休もうかと思っている(未定)。

ディレクトリ。

 ディレクトリといっても人の名前や住所が並んでいるアレではなく、コンピューターのファイルを入れておくフォルダーの話である。

 私が最初に使ったPCのOSはMS-DOS (PC DOS)だった。今のようにマウスを使って操作などできないCGIの時代で、キーボードからパス(通り道)を入力して移動する。さらに指定してあるパス上にあるファイルしか実行ができなかった。

 OSのファイル以外、当時は皆、ファイルを入れる場所がまちまちで、階層を浅くしてパスが短い方が良いとか、大量にフォルダー(ディレクトリ)が並ぶ方が、むしろ判りにくいのではないかなどという議論まで起きた。

 それが統一されたのはWindows 95ではなかったか。ユーザーの名前は、なぜか単に"user"ではなく、"Documents and Settings"というフォルダーに作られた。しかし、"Pictures"とか"Documents"などのフォルダーが作られたのは、このころだと思う。

 そんな長いフォルダー名を入力するのは大変である。Windows10のようにアドレスバーにそれらの日本語訳のようなパスが出てきて、クリックするとフルパスが出て来たのも、このころのような気がする。

 私はWindows 95/98の次はWindows 7を通り越してWindows 8を使ったのだが、少しは改良されたと思ったディレクトリ名が退化したのは、ユーザー名である。アドミンのユーザー名がオンラインのアカウント名と同じ名前しか付けられないのだ。なんか2バイト文字だった記憶がある。

 しかしこれも抜け道があって、オンラインのアカウントからオフラインのアカウントを作り、権限をそちらに移譲してしまえばいい。それで何とか乗り切ったものの、なんとなく面倒なOSだった記憶がある。

 今、Windows 10マシンを使いながら、あぁ、なんて自由にPCが使えるのだろうと思っている。ただ、Machintoshは、マウスのボタンを離すとメニューが閉じてしまうものまでしか使ったことがない。当時、拡張子を付けないとか、(日本語変換がなしでは使えない)2バイトのファイル名を付けるなどで、Macユーザーは蔑まれていたのを覚えている。

 ちなみに、私のPCには、DOSの時代から使い続けているアルファベット数文字のフォルダーが、まだ存在する。バックアップのMOなどがあるのだが、読めるハードウェアがない。

虐待した親に警察を呼ばれたこと。

 明後日から実家に行かなくてはならず気が重い。夏は40℃を超える部屋に閉じ込められ、机に向かっていないと殴る蹴るされ、トイレが近くなるからと水も飲ませてもらえなかった。熱中症で何度も倒れたが、今のように病院が公的機関に通報する制度もない。

 そんな制度がないどころか、私は、殴る蹴るされた上に、精神を病んで動けなくなったら、言うことを聞かない、家庭内暴力だといって110番通報された。警察も親は子供のためを思って何かをするというアティチュード。警察官にも殴られた。何かにつけて「警察を呼ぶぞ!」と言われたときの恐怖は46歳になるまで抜けなかった。

バックグラウンドを考えずに人間性を評価する人。

 私には家族・係累がいない。一応、血縁の者としては87歳になる母がいて松戸に住んでいる。一昨年かな? に父が死んで、月に1回、面倒を見に行くのが苦痛である。何回忌とか、そんなものは知らない。悔やむ気持ちもない。松戸での越年を思うと今から気が重い。

 そもそも、私は、今の医者に「キチガイ家族の被害者」と言われて、得てして妙だなと思う。自分が家族を持たなかったのは、そういう家族が嫌いというより、そういう家族に足を引っ張られて家族を持つ余裕がなかったというところだろう。

 新卒で入った会社では社員全体に履歴書や成績証明書が回覧されており、先輩に「嫌でもモテたでしょう」と言われた。正直、モテて嫌だった。それがモテなくなったのは、いわゆる「スペック」に問題がないのなら、人間として難アリということになる。

 精神的余裕がなかったとはいえ、酷いことを言ったな… ということはある。それも今になって思うのであって、こちらは悔いても覆水は盆に返らない。そして、それらは「スペック」にも反映された。60㎏だった体重はストレスが溜まる仕事で半年で120㎏になった。

 身体・精神が持たなくなって勤めを辞め10年以上が経つ。それでも最初は無理をして家で色々なことをしていたのだが、精神的に余裕がないばかりに、変なものに付け込まれたりした。

 そして、親に嫌がらせのために作られ、変なのに付け込まれて金を失ってできた借金を完済して数年が経つ。衣食足りてではないが、無理して働かなくなり、最近、再び高評価が戻ってきている。しかし、昔からの友人には、人間としての根本に何ら変わりはないのにねと言われる。

 結局、環境が人間を作るのではなく、環境によって表に出てくる部分が違うだけで、根本は何も変わらないのだ。それで他人が離れていくのは、自分が悪いからではなく、しょせん、その程度でしか人間性を見られない人間だということだ。その程度の家族なら、いない方が潔くていいと思っている。

当たり前のことを考える余裕。

 Facebookで朝から色んな人のメッセージで流れてくる画像。

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 当たり前のことだが年齢は生まれた翌年から数え始める。そして、生まれてから現在までの年の数でもある。なので、生まれた年と年齢を足すと現在の年になるのは当然の理である。

 考えれば当たり前のことで、それが当て嵌まっているからといって「1000年に1度」というのが正解ではない。

 そもそも怪しいのは、年について語っているのに、「今日」と限定していることである。友人は、まだ誕生日が来ていないので2019だったと笑っていた。せめて大晦日なら良かったのだろうが。

 クリスマスというのは、当然、「今日だけ」のことである。特別な日である。特別な日だから、何か特別なことがあるはず… と思いたいのは判る。しかしなぁ、こんな子供騙しのものではな…。

 似たもので、木・金・土曜日が5回ある月は数十年に一度、みたいなものもあった(内容は違うかもしれない)。それも、パラパラと2年分のカレンダーを捲っただけで、普通にあった。これも、31日ある月は3日は同じ曜日が重なる。

 考えればごく当たり前のことである。この程度の可愛い遊びに使われるのならいいが、今日だけ限定! というような商売に使われては叶わないなと思う。当たり前のことに思いを馳せる余裕がなくなりそうだ。

ホテルが揺れる日。

 今日は、何でこんなに眠いんだろうと思うほど眠い。クリスマスの呪いか(そんなものあるか)。クリスマスはステーク・ディナーと思うが、食欲がないので150g。

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 近所のローソンの店頭で机を出してチキンとクリスマスケーキが売られていた。今年は外出控えめな分、クリスマスケーキの売れ行きがいいそうだ。

 さて、バブル景気華やかなりしころ、私はWebメディアに少し物を書いていた。私1人ではなく、友人の写真家とコピーライターと3人で交代に書いていた。

 そしてクリスイブはコピーライター氏の順番になった。本文は忘れたが、「ホテルが揺れる日」というタイトルだけは鮮明に覚えている。

 ユーミンが「恋人がサンタクロース」と歌っていたその時代、高級ホテルが1ヶ月前から予約が取れなかった。カップルで泊まるためである。

 今になると、高級ホテルを連れ込み宿の代わりに使おうという、それこそバブルだったのだなと思う。